vol.044|いろいろやってみることも教養のうち
こんな遅い時間にこんばんは。
書きたいテーマはあっても、どう文字に書き起こそうかと考えると
なかなか執筆できないのがりーのすけ。
今回は、「いろいろやってみることも教養のうち」について思っていることを付箋。
ーー
最近過去の自分に勇気付けられることが多くてびっくりしている。
このブログも勇気付けてくれるものの一つ。
今日は何をした、という報告ではなく自分が考えたことを書いているところだから
過去の自分が何を考えていたか、数週間前の自分が考えていたことを振り返ってみたりすると
「あ、そうだったそうだった」
と原点に戻るような気持ちになる。
先日、友人と話をする時間があった中でふと
「最近、いろんなことに手を出していることが本当にいいのかどうか不安になってきた」
と無意識に弱音みたいな言葉を発していた。
自分の中でずっと引っかかっていたんだと思う。
昨年末にはウクレレをはじめ、
三月頃にはスケートボードをはじめた。
本当はギターもはじめたいし、
ドラムも叩いてみたい。
動画撮影、編集もしてみたい。
なんていろいろあるし、
極めてから新しいものへ、ってなっていないことが引っかかっていた部分なんだと思う。
でも、話していた友人に言われた。
「僕が前に同じような質問を(りーのすけ)にした時、(りーのすけ)は『いろいろやったらいいじゃん』って言っていたよ」
って。
泣いた(心の中で)
そういえば、その時自信満々に言っていたな。
なんて思い出しながら。
私はそんなにも(精神的に)弱くなってしまったのか、と思った反面
そうだったそうだった。
たくさんのことを同時にやったって問題はないし、逆に糧になるかもしれない、とも思った。
いろんなことを次から次へと始めていると「飽き性」や「長続きしない」というようなマイナスイメージがつくかもしれない。
でも、そうではなくて
新しいことをひとつ始めることで、世界がまたひとつ増える。っていう考え方。
ドラムやギターにしても、叩きはじめたり弾きはじめたりするだけで普段何気なく聴いていた音楽が「ドラム目線」や「ギター目線で」で聞くようになったり
スケートボードを始めると、スケートボードをしていなかった時には知り合えていなかったであろう人に出会えたし、輪が広がった。
それが今後どのように活きていくのかはわからないけど、
絶対に無駄にはならないはず。
「知りません」「やったことがない」
よりも
「あ、やったことあります」
って言ってみる方が、話が続いたりすることもあると思う。
なんでもはじめたらいいと言っているのではないし、
決して「知りません」「やったことがない」が悪い訳ではなくて、
いろいろなことに手をつけても、無駄なことではないし
きっといつかの糧になると信じているという話。
実際、物事をいろんな視点からみれた方が見える世界の色がカラフルになると思う。
何かひとつ、長く続けていること、長く続けられていることがあれば
「飽き性」や「長続きしない」というイメージは自然とつかないだろうし、
逆にいろんなことを教養として学ぶことは肯定していいものだと思う。
だから、改めて言わせてほしい。
いろいろやりたいことがあるのは悪いことではなくて、
むしろ、やれることがあるならやってみた方がいいし、
「やってみたこと」が無駄になることはないだろうから、
不安がる必要はないし、堂々としていたらいいと思う。
りーのすけ
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